犬を殺すのは。

犬を殺すのは誰か。ペット流通の闇。

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AERA にて連載されていたコラムの書籍化です。この本の中には、それぞれの自治体がどの程度の数の犬を引き取り、譲渡して、そして殺処分しているのか、どの犬種がどういった理由で持ち込まれたのかなど、詳細なデータが掲載されています。自治体の中で殺処分を回避しようと、どれほどに努力しているのか、そうした姿勢もわかるようなものになっています。

犬を捨てに来た人には、嫌な思いをしてもらおうと決意しました。

殺処分数には、ペットショップも大きく影響を及ぼしているのでしょう。

チェーンショップでは常に子犬を売るために売れ残ってしまった子犬を処分していく。繁殖をさせて、子犬を売るパピーミルの番人は子供を産めなくなった犬を放棄する。パピーミル。いわゆる、子犬生産工場です。狭いケージで一生を過ごし、交配を繰り返させられ、なんの愛情も受けられずに、子供を取り上げられることだけを繰り返させられる。そんな地獄です。なんのために子犬を生ませるか、説明する必要もありませんよね。

本書にあった、実際に深夜の歓楽街でも営業しているペットショップなんてものもあるのです。目にした方も多いでしょう。ほんの小さい頃からワケも分からないうちに母親と引き離されて、真夜中でも照明がまぶしく騒がしい、ガラス張りのショーウィンドウのある店に展示される。犬は夜行性だから大丈夫、なんて考えもあるようですが、だからなんだというのだろう? 挙げ句の果てには、一円オークションなんてものもあれば、年始には福袋なんてものまである。衝動買いを誘うためだけのポップには、何の祈りも込められてはいない。

もちろん、ペットショップがなにもかも悪いわけでもなければ、ペットショップで買った人が悪いわけでもない。ものすごく努力をしていらっしゃるショップもあるのでしょう。ただ、ペットショップに生体オークションにはこうした深い闇があるのは事実なのです。

以前、ぼくのブログに「犬を飼えば自由がなくなる」なんて検索キーワードでの訪問がありました。この機会に書いておくことにします。Twitter でもつぶやいたりはしたのですが。

犬と暮らせば、自分の行動は制限されます。自由は奪われます。

食費に医療費は当然必要だし、ペットシーツなどの雑費だって必要だ。一週間ほど海外で遊んでこようだなんてことも難しい。散歩に連れて行かなきゃならないから、その時間分も拘束される。抜け毛や粗相をして部屋が汚れるかもしれないし、その掃除だってしなきゃいけない。何年も何年も大事にしているものをイタズラで壊しちゃうかもしれない。

お金と手間と時間も掛かれば、行動にも制限が掛かる。どれだけの綺麗事を謳っても、これが揺るぎのない事実だと思うのだ。

これほどのことをして、自分の手元に残る物は、実はなんにもない。部屋の片隅にある抜け毛と、汚れたペットシートぐらいじゃないかな。

それでもこの子たちから貰えるものがある。ひたむきな愛情と信頼。形にも残らなければ、お金にもならない。楽しそうに嬉しそうに、いつも傍らにいて、そんなものを与えてくれる。これは本当に本当に、泣きたくなるぐらいにかけがえのないものだ。

ソファーに座りながら雑誌でも読んでいると、ふと傍らで眠っていた子からの視線を感じる。雑誌から顔を上げると、目があったことが嬉しいことのようにしっぽを動かしている。そんな時間、瞬間にやられてしまったぼくからすれば、失う自由だなんて、それこそ床に落ちている抜け毛ほどの価値もない。

ただ、こんな時間も家電を買い求めるように自動でカジュアルに手に入るものじゃない。正しく接して、互いが幸せに暮らすルールを学びあわないといけない。何の努力も不要で、手に入る類のものじゃない。犬はプログラムされたロボットでもなくて、自分で考えて自分で動く。素直で賢く、れっきとした感情を持つ生き物だ。だからやっぱり、とても真剣に考えて色々な覚悟をする必要があるし、お手軽にぽちっと購入して「はいようこそ」なんて手軽さはあってはならないと思うのです。

むかしむかし、人とそうでない動物が地面の大きな裂け目に分断されてしまったとき、貧弱で愚鈍な人を見かねた犬は、大きな裂け目を飛び越えて、人に連れ添うことを選んでくれた。なんてのを目にしたことがあります。

しょうがないやつだと思ったからなのかもしれないし、人の何かをとても気に入ってくれていたのかもしれない。そんな風に人を好いてくれている犬たちが、その裏では一部の人に食い物にされて、酷い扱いを受けて殺されていく現実がある。手をかける人たちは、もしかすると昔から犬が大好きで、そんな命を救いたいと獣医を志した人なのかもしれない。

犬のことを大好きな人が、人のことが大好きな犬を処分という名で殺さなくちゃならないだなんて、とてもとても出来の悪いお話だ。そんなの、あんまりじゃないか。

ぼくはただの犬が好きな人です。だからこそ、ほんの少しでも、多くの人がこの本を手に取り、こんなことを許してはならないと、そう考える人たちが増えていくことを願ってやまないのです。いまのぼくにできることは、たったのそれだけなんですよ。悔しいなあ。

  1. http://blog.newf.jp/2010/12/05/1031/
    いっぱい考えて、感じて欲しい

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